節分大祭は、毎年二月・節分の夜に、梅松苑・長生殿で執行される祭典で、明治二十五年の節分の日に、国祖・国常立尊が再び出現した吉日を祝う、大本で一番大きな祭典です。
また、この節分大祭にあわせて、明治十六年の節分の日に生まれた出口すみこ二代教主、昭和十年二月十九日に生まれた出口聖子四代教主の聖苦と遺徳をしのぶ「 聖誕祭」と、向こう一年間の五穀・作物の豊穣を祈念する「豊年祈願祭」が行われます。
この世の祖神であり、地上神界の主宰神である国祖の大神・国常立尊は、善一筋の、あまりにも厳しい神であったために、八百万の神々から排斥され、太古の節分の夜に退隠。そして光を隠して隠忍され、時節の到来を待っておられたのです。ところが、国祖の大神が退隠されたあとの世界は、怖いものなしで、“われよし、強いもの勝ち”の“けものの世”となってしまい、あまりにも乱れきって、再び元の泥海になるより仕方のない、世の終末を思わせる状態になったのです。
そこで、これまで陰から守護していた国祖の大神が、天運循環して時節が到来し、開祖に帰神し、退隠と同じ節分の日に、再びこの世に出現しました。そして、乱れきったこの世を根本から立替え立直して、もとの神代にもどし、みろくの世を建設するために、地上神界の主宰神として復権されたのです。この記念すべき日に、節分大祭が行われます。
あわせて、国祖の大神のご神意に基づいて、天地をはじめ世界の罪けがれ・邪気を祓い清め、宇宙・国土・人群万類の平安と幸福を祈る大祓の神事が、厳かに夜を徹して行われます。この神事は、明治四十三年の節分から行われています。
国内をはじめ世界各国からよせられた数百万体の「人型」を神前に供え、祭員らの手で人型に祈りを込めて壺におさめ、「瀬織津姫」として奉仕する女性によって和知川へと運ばれて清流に流され、一切の罪やけがれを祓い浄めます。
祭典後には豆まきを行いますが、その発声は一般とは異なり、「鬼は内、福は内」と唱えます。大本で言う「鬼」とは、国常立尊のこと。太古、国常立尊を退隠に追い込んだ悪神は「煎り豆に花が咲くまで再現を許さない」(“二度と出てくるな”の意)と煎り豆をまきました。しかし、天運循環し、国常立尊は悪神の「われよし」「強いもの勝ち」を戒め、「みろくの世」「立替え立直し」を宣言。大本は開教したのです。